「平等」と「公平」の違いは? 意味や具体例をわかりやすく解説。

似ている言葉の違い

「公平を期す」「平等に扱う」などといった言葉を聞いたり、口にすることは多いと思います。ですが、二つの言葉の意味の違いを意識せずに使っている人も多いのではないでしょうか?
どちらも「平」という字を使っていて似たような印象を受けますが、実は「公平」と「平等」の意味には大きな違いがあります。
この記事では「公平」と「平等」の意味の違いについてわかりやすく解説していきます。

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公平とは

公平とは能力や貧富の差に応じて適切な扱いをすること、あるいはその状態のことです。

単位ごとに格差がある集合に対して、相対的に同じ効果を与えられるように、単位ごとに効果量を調整することを意味します。

具体例
  • 働き者の社員の給料は高くして、怠け者の社員の給料は低くする。
  • 立つことが困難な人のために優先席を設ける。
  • 映画館などで「大人」「学生」「こども」の料金を別にする。
  • 所得税や相続税の累進課税制度。

平等とは

平等とは差別や偏りがなく、一様に扱うこと、あるいはその状態のことです。

ある集団に対して一つの基準を定め、その基準を全ての単位に適用することを意味します。またこの場合、各単位ごとの格差や違いは考慮されていません。

具体例
  • 受験料を払えば誰でも受けれる大学受験。
  • ソシャゲなどのログインボーナス。
  • 日常的に流れている時間。
  • 【日本国憲法第14条第1項】すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

公平と平等の違い

公平と平等はどちらも似たような意味を持つため混同しがちですが、その意味にははっきりとした違いがあります。

公平と平等を直感的・視覚的にわかりやすく表現したイラストとして、身長・視界・踏み台の関係性を利用したものが有名です。

Illustrating Equality VS Equity - Interaction Institute for Social Change
ATTENTION FRIENDS! Can you use the equality vs equity illustration in your book/video/presentation/etc? Yes! You do not need written permission to reproduce the...

公平は異なる能力を持つ者を別々に扱いますが、平等は異なる能力を持つ者を全て同等に扱います。平等は得てして尊いものとされますが、現実ではよくない状況を引き起こす場合が多いです。

例えばバスの座席を誰でも平等に座っていいとすると、元気な人が席を埋め尽くして妊婦さんや足を折っている人が立っていたとしても、誰も文句が言えなくなります。なぜなら座る権利が誰に対しても平等だからです。
一方公平の観点から見れば、立てる能力がある者、つまり健康で体力がある人が立つべきで、そうでない人が優先的に座るべき、となります。

成果を上げている社員と怠けている社員の給料が同じだと不満が生まれ、全体の労働意欲が下がります。子供と大人に同等な量の労働を課せば、体格の劣る子供への負担率が大きくなってしまいます。

このように、時として平等は不公平を生むのです。
平等と公平がどのように日常生活に関わってくるのかを以下の例で見てましょう。

習い事

日本には学校の教育以外にもたくさんの指導現場があります。
塾、水泳、サッカー、ピアノ、絵画、などなど。子供たちはこれらの習い事を受けることで、受けなかった子に比べて高い能力を獲得できます。能力が高くなるとそれだけ未来が開けます。
たくさんサッカーを練習して上手になった子供ほどサッカー選手になれる確率は上がり、たくさん勉強して賢くなった子供ほど受験に有利になります。

優秀な子供がそうでない子供よりも評価されるこの社会は、公平と言えます。また、同じ基準(例えばテストの点数)を用いて全員を評価しているという点では平等であるとも言えます。
しかしもう一歩踏み込んで考えてみると違う見解を得ることができます。

そもそも習い事を受けるにはお金がかかります。お金がかかるということは、所得が高い家庭の子供ほど習い事を受けやすいということです。例えば裕福な家庭の子供は塾に通うことができて成績が良くなります。一方貧しい家庭の子供は塾に通えないので成績が相対的に悪くなります。
極端に言えば親の所得が高いほど子供の成績が良いということです。

真に公平に評価するならば、(かなり強引な手法ですが)テストの点数を親の所得で割れば、「親の所得1円あたりの子供の能力」を計測することができ、所得によるバイアスを打ち消すことができます。またここまでしなくても、親の所得が高い生徒の点数は0.9倍するなどの方法もあります。

富裕層と貧困層という不平等な集団があるにも関わらず、テストの点で平等に評価しているため、所得の差がそのまま点数の差に反映されます。本来は学生の能力や努力度を計るテストにおいて、学生の力ではどうしようもない「親の所得」が反映されていることは、テストの趣旨に沿わない要因で得をする人と損をする人が現れるため不公平です。

割り勘

ABCの三人が居酒屋に行ったとします。楽しく飲んで、楽しく食べて、お会計は合計で9000円でした。平等の観点から言えば、三人とも同等の金額を払うべきなので、一人3000円払うことが望ましいです。
しかしここで一つ問題が発生します。実はAさんは車で来ていたのでお酒を飲んでいませんでした。BさんとCさんが高いお酒をたくさん飲んでいる間、Aさんは安いジュースばかり飲んでいたのです。

つまり、割り勘は平等であって不公平ということになります。

公平の観点から言えば、Aさんの払う金額を減らして、例えばAさんが2000円、BCさんが3500円とするのが望ましいです。
ただ、習い事の場合と同様に、情報を足して考えてみるとやはり見解が変わります。

実はAさんはデザートをたくさん頼んでいて、それらを全て一人で食べてしまっていました。そうすると、やはり大体同じ金額を払う方が公平ということになります。

価値基準

「公平」について考える上で、最も大事な要素が価値基準です。価値基準とは、物事を判断する上で基礎となる標準のことです。

何を持って「良し」とするのか、何も持って「悪し」とするのか。自分がケチなのか、相手が図々しいのか。お金があれば幸せなのか、愛があれば幸せなのか。なぜ正しいのか、なぜ間違っているのか。いつから大人になったのか、いつまで子供だったのか。
これらのような問題に対して判断を決める指標が価値基準です。

価値基準の設定は非常に難しいです。複数の要因が密接に絡み合い、互いに影響を及ぼしていると、一つの完全な価値基準を見つけることはほぼ不可能となります。

しかも多くの場合で価値基準は人によって様々な形をしています。一口に「良いラーメン屋」と言っても、美味しいから良いのか、安いから良いのか、接客が丁寧だから良いのか、何を持って「良い」とするのかの価値基準は人によって異なります。価格は気にせず味を重視する友人に、不味いけど安くてコスパがいいラーメン屋を紹介しても、友人が満足することはないでしょう。

上記の「習い事」における親の所得問題にしても、親の所得が高い生徒の点数を低く調整したところで解決にはなりません。親の所得は高いけど塾には通っていない生徒からしてみればとばっちりだし、調整するための変数にも何倍すればいいという正解はないためです。
また、親の所得以外にも成績評価に影響を与える外的要因はたくさんあります。兄弟の有無や地域差、友人関係など、環境によって生徒の成績は左右されます。

これらの要素を全て汲み取った一つの価値基準を設定することは困難です。

価値基準の設定の難しさこそが、「公平」の最大のデメリットと言えます。

まとめ

  • 公平:能力や状態に応じて臨機応変に対応を変えること。
  • 平等:全ての構成単位に一律で同じ対応をすること。
  • 価値基準を何にするかで見解は変わる。

何を価値基準にするかで見解は大きく変わってしまうため、価値基準の設定は難しいです。

割り勘の例で考えても、AさんがBCさんの上司だったら? Bさんが学生でACさんが社会人だったら? 居酒屋はCさんの家の近所でBCさんは家がとても遠かったら? と、公平性を左右する基準はたくさんあります。

公平が望ましいのは確かですが、全ての価値基準を考慮するのは手間がかかります。その点平等はわかりやすいので、そこはメリットと言えるでしょう。

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